「今年もあと残すところ3日となりました」 弓場彬人

(会報誌No2に掲載できなかった投稿分です)

 福島第一原発事故以来5年目の正月を迎えようとしています。
 3.11の事故によってそれまで原発に無関心な自分でしたが、人類と共存しえない原発の怖さを初めて思い知らされました。隣国、韓国、中国の原発事故が起これば偏西風によってこの国にも福島と同様な被災が及ぶことがあきらかであるにもかかわらず、当時マスコミも集会などにおいても原発を国内問題としてしか論じていないことに違和感がありました。それに加えて民主党政権の野田内閣が米国の圧力を受け原発ゼロ政策をひっこめたばかりか、国内では原発稼働を抑制しながらベトナム、リトアニアなどの原発輸出は容認するといった恥知らずな新聞紙面の記事が目にとまり、それがきっかけとなり一気に原発廃絶運動に関心を持つようになりました。あのような悲惨ないまだ何も解決のめどが立たない事故を起こしながら経済至上主義で、原発の管理能力もおぼつかない幼子のような国々に輸出することに非常な憤りを感じ、原発反対のスイッチが脳みそにカチンと音がしたように入りました。
 それから1年後、原発輸出に反対しているHPのウェブサーフィンをしていたところ、CNFE(キリスト者として原発をどう考えるかの会)の共同代表の崔勝久氏のブログにヒットしブログ内容に共鳴し、すぐにCNFEのHPを開いたところ2011年9月19日~21日被災地ボランティアで仙台ルーテル支援センターに同宿した内藤新吾牧師が同じCNFEの共同代表をしておられました。なにか見えない力が背後で働いているような気がして、早速CNFEに入会させていただきました。その後東京で開かれた総会前のCNFEの打ち合わせ会に出席させていただいたところ、原発メーカー訴訟の会の前身のNNAAをCNFEからスピンアウトして設立した崔勝久さん、八木沼豊さん、大久保徹夫さんがトリオで生き生きと推進しておられる姿を拝見しました。ご三名ともクリスチャンで、2013年6月19~25日韓国原発立地地域訪問ツアーにご一緒させていただきました。その後返礼の9月の韓国からの原発視察団法実、原発メーカー訴訟の会の設立、原発メーカー訴訟の原告募集、2014年に入って1月末の東京地裁への1次提訴、原告確定、第1回口頭弁論(2015/8/28)、本人訴訟団参加の第2回口頭弁論(2015/10/28)が実現し、本年1月、3月には第3回、第4回の口頭弁論が予定されています。
 啓示を受けた崔勝久さんの発意によりNNAAのメンバーを中心に何も責任を取らない謝罪もない原発メーカー、(国)を被告に世界初のこれまで類を見ない原発メーカーをまな板の上に乗せ裁くという原発メーカー訴訟を起こしました。更に選定当事者制度の本人訴訟団をこの国の裁判制度に認めさせたことは世界に類を見ない初めての画期的なことで、崔勝久さんを中心とするこれまでの執行役員の方々のお働きに心から感謝するものです。また崔さんなどからの呼びかけに応じて関西地区でも例会をもたせていただきましたがご 参加いただき薄謝ながらもご講演を頂いた澤野義一さん、吉井英勝さん並びに関西地区原告の皆さんのご協力、ご支援に深く御礼を申し上げます。
 混乱の中から真実が見えて来るという本田神父の仰せにあるように、心の奥底に一物持ちながらその場の「和」を取り繕う日本社会にあって、問題が指摘されながらも赤裸々なメーリングリストにおける発言の応酬は、異色であり非難されながらも訴訟の会が純化される一面もあったのではないかと思います。その成果が本人訴訟団の裁判参加と言えるのではないでしょうか。
考え方の違いがあってメーカー訴訟の会はターゲットに対して、原発メーカー訴訟の会・本人訴訟団と弁護団主導原告団の二手の登山口から勝利の登頂目指して登り始めました。二手の訴訟団は第2回口頭弁論で互いに補完しあい連携しあうことを確認しました。
 今年は口頭弁論が本格化する訴訟の会の真価が問われる年です。口頭弁論まで行きついたこれまでの訴訟の会の実績、岩盤に足をしっかり着けて、原発メーカー訴訟の会渡辺信夫会長のこれまでの御発言の中で示された行動指針にそって勝利を確信し、本訴訟のリーダーを信頼し一致結束して歩んでいきたいものです。                                                  以上